2008年08月01日

ブエノスアイレス(1)

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経由地ヒューストンを出発して、やっと、やっと憧れのブエノスアイレス!
飛行機に乗ったとたん眠気に襲われてぐっすり寝てしまったんだけど、起きたらまだ飛行機がヒューストンから出発していなかったというオチでしたorz
その後なんとか出発したけど…原因はよくわかんない(笑)

飛行機の中では、またまた家畜のような機内食を食べて、ひたすら寝て。
予定よりだいぶ遅れちゃったけど、6月1日の午前中(と言ってももうお昼近く)に、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスのエセイサ国際空港に到着。
ちなみに6月なので、あっちは冬。飛行機おりてからすぐに持って来たダウンジャケットに着替えたけど、寒かった ><

空港で現地ガイドさんと落ち合って、ホテルまで送迎してもらいました(いつも個人旅行だけど、南米は初めて行くし、治安とか言葉が心配で、各地で現地ガイドさんやあっちの友人にお世話になりました)。今回のガイドさんはおっとりとした口調の中にも気の強さが出てる日系の女性の方。

空港からホテルまでの景色は、いきなりファベーラ(貧民街)でした。見た感じボロくて汚くて山積みされたような四角い家、無数のラクガキ、干してあるボロボロの洗濯物…中に入ったわけじゃないし、近くを車で通っただけだけど、印象は強烈なものだった。怖かった。でも、本当にこんな世界があるんだ!という興奮に近い、なんとも言い表せない気持ちが沸き上がった。私、本当にアルゼンチンに来ちゃったんだね…


ホテルはRegente Palace hotell。今回は一応安全のため、全旅程それなりのグレードのホテルに泊まってます。ホテルの周辺は道路が狭いのに、びゅんびゅん車が走ってました。路駐もしまくりだし、バスも通る。すごいトコだ(^_^;)


現地ガイドさんにチェックイン手続きをしてもらい、約束の時間までホテルの部屋でひとやすみ。機内食とヒューストンの食事でもうウンザリだったのでとてもお昼という気分になれず、スーツケースに入れっぱなしだった日本から持って来た茎わかめにすごい癒されました。
不思議(笑)




  

Posted by うなこ部長 at 13:04Comments(0)Buenos Aires

2008年08月01日

ブエノスアイレス(2)

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ホテルでお昼代わりに茎わかめを食べて元気が出たので、また現地ガイドさんと落ち合ってブエノスアイレス観光に出発。滞在時間はあんまりなかったんだけど、イケメン運転手さん付きだったので、移動もラクラク。サクサク観光できました。
それにしても、こっちの道を走ってると、たまに建設途中の建物を見かける。しかも建設作業をしてないっぽいし、日本に比べるとなんだかすぐ壊れそう…。ガイドさんが言うには「こっちは地震がないから、耐震性とか関係ないし、お金がなければ途中でストップしたままほったらかしよ」と、信じられないオコトバ。やっぱりすごい国だ(;´д`)

そんなブエノスアイレスだけど、『南米のパリ』と言われてるだけあって、ココはヨーロッパ?と思うような素敵な建物も多いです。それはヨーロッパ移民が多いからだけど、写真のテアトロ・コロン(コロン劇場)も豪華絢爛、高級な雰囲気を漂わせていました。テアトロ・コロンは世界三大劇場(他はパリのオペラ座、ミラノのスカラ座)のひとつなんだそうだけど、残念ながらこのときは工事中でした…。残念!


テアトロ・コロンのある大通りは、アルゼンチンがスペインから独立した1816年7月9日にちなんで付けられた『7月9日大通り』と言う道路が南北に走り抜けています。世界で一番幅が広い道路とあって片側だけで8車線?はあるよね?っていう、今まで見たことない道路でした(実際広すぎて、何斜線なのかよくわからず。笑)。日本じゃせいぜい片側4車線だよね?
とにかく広くて、道を知らないとこんなとこ絶対運転できない!って思うけど、運転手のイケメンくんはどんどん隙間を割り込んでス〜イスイ。すごいテクニック!
でもその運転がちょっと怖かったり。ガイドさんも「ココは怖くて運転できない」と言っていた…。


『7月9日大通り』の真ん中に建つ白い塔はオリベスコ。ブエノスアイレス創設400周年を記念して建てられたブエノスアイレスのシンボル。このあたりはサン・ニコラス地区と言って、ブエノスアイレスの中心でレストランやバーなどのお店もたくさん並んでいます。



  

Posted by うなこ部長 at 13:03Comments(0)Buenos Aires

2008年08月01日

ブエノスアイレス(3)

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モンセラート地区は歴史的にも政治的にも重要な場所。
その地区にある『5月広場』は、1810年5月25日にアルゼンチンの独立宣言が行われた場所。写真じゃわかりにくいんだけど、真ん中に写っている白い塔は、5月革命1周年記念に建てられた『5月の塔』と言います。


サッカーW杯でアルゼンチンが優勝したときには、この広場には4万5千人もの人が集まって大騒ぎだったとか。デモ、集会、サッカ−の試合の勝敗などを巡って、なにかとここに集まるのが恒例らしい。この日もバンデーラを出してデモ?をしていました。サッカースタジアムにもよくバンデーラは登場するけど、カッコイイとかオシャレとかじゃなくて、気持ちや訴えを伝えるツールであってこの国ではそれが『普通』。ただただ普通のことで生活の一部なんだろうな。


この5月広場のあたりは、ヨーロッパ風の高級そうな建築物がいっぱい。
その代表が広場の東側にある、ピンク色で有名な大統領府。ロココ調のこの建物は別名、ホワイトハウスならぬ『ピンクハウス(スペイン語でカサ・ロサーダ)』と言います。アルゼンチンが独立してから統一派(赤)と連邦派(白)の2大政党が対立していたけど、1873年にサルミエント大統領が1つにまとめ大統領府を赤と白を交ぜた色…というわけでピンク色の壁にしたそうです。


ピンクハウスだからって、決していかがわしいわけじゃないのだ(笑)

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Posted by うなこ部長 at 13:02Comments(0)Buenos Aires

2008年08月01日

ブエノスアイレス(4)

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下の写真は、モンセラート地区の5月広場に面した通りにある大聖堂、『カテドラル・メトロポリターナ』横の風景。写真で景色を切り抜くと、本当にヨーロッパみたい。


そして大聖堂『カテドラル・メトロポリターナ』の見学へ。
モンセラート地区にはヨーロッパのような建物はいっぱいあったけれど、ここの外観はアテネのパルテノン神殿みたいなちょっとちがう雰囲気。12人の使徒を表す12本の柱のせいかな?…完成当時から耐えることなく燃え続けている炎のせいかな?


大聖堂の中はとても広くて、壁画の繊細さやステンドグラスの美しさ、天井も高くて厳かな雰囲気に完全に飲み込まれてしまいました。祈ってる人もいるし、これは写真撮影なんてできる雰囲気じゃないわ・・・と思っていたら、「こんな雰囲気だけど、ここは写真撮っていいのよ」とガイドさん。悪いなぁなんて遠慮しつつも結局撮影…でも見とれてる時間のが長かったな。


カテドラル・メトロポリターナには、アルゼンチンの軍人で政治家、アルゼンチン・チリ・ペルーをスペインからの独立させた英雄サン=マルティン将軍の柩が、アルゼンチン・チリ・ペルーの聖女像に囲まれながら安置されていました。





  

Posted by うなこ部長 at 13:01Comments(2)Buenos Aires

2008年08月01日

ブエノスアイレス(5)

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イケメン運転手の車はどんどん進み、ブエノスアイレスで一番行ってみたいところだったボカ地区へ。

なんと言っても町のシンボル?、憧れの『ボンボネラ(ボカジュニオルスのスタジアム)』が窓から見えてきた瞬間は大興奮。「やばい!本当にここまで来ちゃったよ!!」

でも思ってたより、外観はきれい。外壁をボカカラーに塗ってあるせいかな。


その日はたまたま会長だかなんだかの選挙で、ボンボネラ博物館やスタジアムツアーはできなかったけど、この日の夜にまたボンボネラに戻ってボカの試合を見に行くので(後述)、もうこの町の雰囲気を感じれただけでも大満足でした。
下の写真は、スタジアム前にあったテベスの足型。


大音量のチャントが聞こえる方を見たら、スタジアム前のトタン小屋?の窓からおじさんがグッズを販売していました。試合の日限定みたいなんだけど、こんな雰囲気もボカらしいというか。それにしても、真冬なのにノースリなんて寒くないのかなぁ(笑)


ボカ地区、特にスタジアム周辺は、いたるところにボカに関するラクガキがいっぱいありました。それがさらにこのあたりの雰囲気をだしてるというか、ボカへの愛が感じるというか。
ただのラクガキはいけないことで決して芸術ではないけれど、それから愛を感じるなんて不思議な世界だわ。


ブエノスアイレスを離れる時に、空港の本屋でたまたま見つけて購入した写真集は、そんなボカの町からボカへの愛を感じる場所やモノを切り取った写真集で。上の写真みたいなのがいっぱい載ってて、なんだかアートを感じます。ラクガキなのに。

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Posted by うなこ部長 at 13:00Comments(0)Buenos Aires